経済統計Tips−生物の四面相−

March 8, 2006

ある財を指して、それは消費財ですか、それとも投資財ですか?という質問は、あまり意味がありません。自動車は企業が購入すれば投資財ですし、家計が購入すれば消費財として扱われます。1)この自動車の例ではその購入主体に依存して扱いが変わりますが、もっと複雑なもの、ここでは森林や動物など生物の経済勘定における取り扱いを紹介します。

日本の森林面積は近年でも全国土の66%ほどを占めています。では森林を社会会計上どのように計上するのでしょう。それは四つの顔を持ちます。第一の顔は、非資産としての扱いです。もし、それが何らかの経済主体に所有されていないとき(あるいは1年といった会計期間を超えて存在しないとき)、それは国民経済計算では扱われません。森林の場合は、土地の上に固定してありますので、多くの場合土地の所有者が森林の所有者でしょう。所有者のはっきりしない林地があればそれがこれにあたります。 第二の顔は、それが所有されているとしても、その育成が経済主体の直接的な管理下にないような場合、非生産資産(non-produced asset)として扱われます。非生産資産とは、生産されたものではない資産という意味で、土地などと同じに分類されます。多くの森林はほとんど自生しているだけですので、その育成成長分は生産としては認識されません。これは二酸化炭素などの吸収源になりうるという意味では大きな役割を持ちますが、経済勘定としては周辺的な役割に過ぎません。93SNAではnon-cultivated biological resourcesという名称が与えられています。

ここからは生産資産として国民経済計算で計上することになりますが、第三の顔は、仕掛品(半製品)在庫です。もしそれが森林の生産者によって育成(造林)され、将来的に木材としての利用などのため一度だけ産出される場合、仕掛品在庫(work-in-progress inventories)として扱われます。よって各期の育成成長分はその期の生産として扱われ、仕掛品在庫の増加として最終需要に計上されます。ストック勘定では仕掛品在庫資産の増加になります。仕掛品在庫として扱うこの第三の顔は、93SNAにおいて概念が明確に改訂された点です。しかし現行(2006年時点)の日本の国民経済計算では問題点を残しています。2) そして最後の顔は、固定資産(fixed assets)としての育成資産(cultivated assets)です。果樹のように生産活動に繰り返して使用されるとき、それは固定資産として認識されますので、最終需要としては総固定資本形成として計上されます。もしそれがまだ成長途上の幼木であったとしても、自己利用のために育成されるのであればその成長分は総固定資本形成です。(果樹を生産して販売する専門業者のように)他の経済主体の利用のために生産されるのであれば、その育成成長分は仕掛品在庫の増加となります。

森林は経済の勘定上、4つの顔を持つわけです。動物や魚類もまた、自生しているもの、育成・養殖されているもの、何らかの生産活動において繰り返し使用されるもの・・などとそれぞれ分類されることになります。乳牛は固定資産である(になりうる)が、肉用牛は仕掛品在庫です。でも肉用豚は生産される期間が半年ほどであるため資産ではありません。水族館のイルカは(概念上は・・)固定資産ですが、真珠の養殖は仕掛品在庫になります。これは単なる分類の約束ではなく、経済勘定において、生産とは何か、資産とは何かという根本問題に依存して導かれる識別なのです。

1) 現行の国民経済計算のもとでは、家計の購入する耐久財のうち、投資として計上されるのは住宅のみです。所有しているのですから家賃は実際に支払われずとも、あたかもそのサービス(帰属家賃)を家計がみずから生産し、そしてそのサービスを購入するように扱います。その意味で、家計は部分的には生産者であるということもできますし、そのための住宅購入は投資となります。

2) 現行の産業連関表基本表や国民経済計算での概念や推計上の問題点は、Nomura, Koji"Alternative Approach to Estimate WiP Inventory on Cultivated Assets", KEO Discussion Paper, No. 101, 28p, March 2006.にあります。

野村浩二(慶應義塾大学産業研究所)



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