経済統計Tips−国民所得にも米国モンロー主義あり?−

October 16, 2004

国民所得に期待される大きな役割は国際比較です。経済成長や経済格差の国際比較のためには、実質化が難しい課題となりますが、まず第一歩は名目値としての各国国民所得が統一的な基準によって測定されることが必要になります。そのために国連はSNA体系(System of National Accounts;国民勘定体系)を構築しています。お国事情もありますし、対応が早い国、遅い国いろいろとありますが、ほとんどの国はSNAに準じて測定しています。国民所得のデファクトスタンダードと言えるでしょう。

さて、その例外国がわずかにあります。旧共産圏?、中国?、そこにも概念上の相違は残されたままのようですが、何よりも世界全体のGDPの3分の1を生産する米国があります1)。米国ではNIPA(National Income and Product Accounts:国民所得生産勘定)という独自の勘定体系を構築しています。米国よりのカナダでも、さすがにNIPAではなく、SNAに準拠しているのです。京都議定書の離脱に、国連決議を無視した"テロとの戦争"。ちょっと連想してしまうかもしれません。ですが、社会会計としての考え方や法則性は、洋の東西を問わず大きく異なるものではありません。ではいったいどのような点が異なるのでしょう。

SNAとNIPA、2004年時点で存在する違いのひとつは軍事支出の扱いです。1993年のSNAでは民間転用可能な軍事資産のみ総固定資本形成として扱うことになりましたが、ミサイルなど軍事支出のほとんどは資本形成の対象外です。米国では、かなり広い範囲の軍事支出が資本形成として扱われます。ただしそれは国内総生産としてはとくに大きな計数上の乖離をもたらしてはいません。SNAでの軍事支出は中間消費されますが、それは政府の中間消費として扱われ、結局のところ政府最終消費支出が拡大します。それによってNIPAのように投資であるか、SNAのように消費であるかは異なるものの、国内総生産としては直接的には同様です。しかしNIPAではその軍事資産の固定資本減耗の分だけ政府消費が拡大しますので、その分は概念的にSNAでの国内総生産を上回ることになります。2)

さて米国のNIPAによる孤高は、どう評価されるでしょうか。国連によるSNAは米国のNIPAに比べ相対的に多くの意見調整を要するでしょうし、国際的に足並みを揃えることを重視しますので、NIPAの方が先行して新しいダイナミックな経済の構造変化を捉えようと果敢に試みている感があります。そして米国における観察事実と実証分析の蓄積が、SNAの改訂の姿に影響を与えている(研究者間では議論が盛んなので、同時に進行する)のでしょう。日本の国民経済計算はSNAの改訂を追いかけている印象がありますが、米国は独歩しながらもやや先行しようとする面があります。SNAとNIPA、細かい部分では比較可能性を失う面もありますが、NIPAによる先導者としての貢献は高く評価されるべきなのでしょう。

1) World Bank「World Development Indicators」(2003)では2001年値で米国33.0%、日本は13.6%

2) Ahmad-Lequiller-Marianna-Pilat-Schreyer-Wolfl, Comparing Growth in GDP and Labour Productivity: Measurement Issues, OECD, 2003.によると、NIPAの概念による米国国内総生産の年平均成長率は、SNA概念による測定値と比較して、ここ10年間ではわずかに年率0.03%だけ小さなものとなるバイアスをもたらしているに過ぎない。また2008年のSNA改訂では、このNIPAとのギャップは解消される方向へと向かう模様。

野村浩二(慶應義塾大学産業研究所)



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