経済統計Tips−E.J.ミシャンの言葉−

October 26, 2004

1969年に出版されたE.J.Mishanの「GROWTH:the price we pay」(都留重人監訳『成長の代価』岩波書店、1971年)における言葉は今も変わらずに生きています。それを紹介します。

「経済学者も・・たとえば最近二十年間の西欧における物質的成長が結局人類の幸福を一段と増進させたかどうかというような問題については、口に出しては問い直すようなことをしないのである。・・・慣習をあえておかしてそこまでいこうとする社会科学者は、学会の中でも自分の方法論上の純潔さを保全することに強い意志をもつ同僚たちから、手ひどい嘲笑を受けることを覚悟しなければならないだろう。」(同書 pp.xv-xviより)

物質的成長、今で言えばそれは国内総生産に代表される国民所得勘定と考えてよいと思いますが、それに対する批判は、経済学者の集まりの中では聞くに値しないものと思われることもあった(ある)のでしょう。特に米国では、制度化された学問としての経済学の発展の代償といえるのかもしれません。そして外部性について、こう述べています。

「もしもたとえば電気掃除機の生産にあたって、その製造業者がたまたま自分の工場の煙突からたくさんの煙を出すとすれば、社会的価値を正確にするためには、彼は、生産される‘good’(電気掃除機という財)の価値だけでなく、‘bad’(煙害というマイナスの財)の価値をもはじきださなければなるまい。他人に及ぼす害の価値は、社会にとっての費用を意味する。・・・電気掃除機プラス煙害という彼の結合性産物の価値は、電気掃除機だけの価値よりも、公衆に与えた煙害の費用分だけ少ないものとなろう。・・・こうした外部効果をいったん考慮に入れるならば、彼の企業の社会的価値は、それだけ減額されるべきだということが判る。」 (同書 pp.51-52より)

これは今ではきわめて自然な考え方となっていると思います。そしてミシャンのこのような言葉は、経済成長を議論する際に留意されるべき条件として扱われるのみではありません。それ自身を体系的に取り組もうとする測定がおこなわれています。1993年に国連は「環境・経済統合勘定」(SEEA: System of Integrated Environment and Economic Accounting)を提唱しています1)。日本では世界に先駆けて、内閣府経済社会総合研究所(およびその受託先の日本総合研究所)でSEEAの試算結果を公表しています。環境負荷はSEEAに限らず、いろいろな関連活動について工学と経済学の接合したより詳細な測定がおこなわれています2)。それは経済成長の評価としてより強く認識され、経済紙面でもGDPの名とともに、EDP(環境調整済国内純生産)やグリーンGDPが併記される日もそう遠くはないかもしれません。
最後に、不幸にもミシャンの批判の対象となった経済指数について、紹介しておきます。

「・・物資的反映のまさにその結果として続出したジャングルのような問題群には一向に関心を示すことなく、成長論をかざしての美辞麗句を繰り返し・・・彼らの押しつけがましい日常の勧告が世間で通用する一つの要因は、戦後発見され最近権威筋の新兵器となった経済指数である。・・・この経済指数はあつかましいほどの尊敬をもって取り扱われている・・・それを調べさえすれば人は社会全体の状態を理解できると言わぬばかりである。」 (同書 p.xviiより)

1) 「Handbook of National Accounting -- Integrated Environment and Economic Accounting」というハンドブックが公開されています。pdfは国連のここにありますが、中身に比例してか24.3MBと重いですので注意してください。

2) 慶應義塾大学産業研究所でも吉岡完治先生を中心として、1980年代後半から環境分析がおこなわれています。産業連関表との接合を図った『環境分析用産業連関表』(慶應義塾大学産業研究所叢書)などによってさまざまな分析がおこなわれています。

野村浩二(慶應義塾大学産業研究所)



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