経済統計Tips−アンダーグラウンド・エコノミー−

December 1, 2004

ひとつの問いから始めます。(1)麻薬売買は密輸して高く売るということで所得(付加価値)を生じさせていますが、それは日本のGDP(国内総生産)に含まれているでしょうか?また(2)国連によるSNAでは、それをGDPに含めることを勧告しているでしょうか?

麻薬の密輸などはアンダーグラウンド・エコノミー(Undergroud Economy:地下経済)と呼ばれます。それは麻薬売買・売春・不法就労など違法なものに限らず、身近には兼業を禁止している会社に勤務している人が夜に内緒で働くなど、さまざまな規制から逃れるため、また税負担を逃れるための隠匿などがすべて含まれます。さて、冒頭の(1)の答えはNoです。アンダーグラウンドの経済活動はその目的によって、基本的に統計では捕捉されえません。そのことからOECDではより広く、観察されない経済(Non-Observed Economy)として捉えています。

観察されないとしても、(2)の答えはYesです。何がGDPとして付加価値(所得)を生じさせる経済活動であるのか、その線引きは「生産の境界設定」と呼ばれています。たとえば、SNAでは現在のところ炊事、洗濯などの家事労働を帰属(市場での価格で金額評価)してあたかも所得が生じたかのようにしてGDPとしてカウントすることを勧告していません。その意味で生産の境界の外側にあります。アメリカではベビーシッターやドッグシッターなど一般的ですし、家が大きいので掃除も業者に頼む豊かな家庭が多くあります。晩秋には庭の枯葉処理や、冬には雪かきなどプロフェッショナルな業者がおこなっている光景をよく見にします。もちろんその活動は生産活動の内側なのですから、GDPに含まれます。幸か不幸か(後者でしょうね)、家が狭いので自分でやってしまう日本では、GDPに含まれません(腰を痛めた湿布代は家計消費ですね)。それでは経済規模の比較として適切ではないという見方もあります。なお家計の所有する持ち家はあたかもそれを賃貸しているかのように帰属計算をおこなって、帰属家賃と呼ばれるその部分は家計消費されるように扱います。話を戻しまして、地価経済については明らかにその補足には問題がありながらも、SNAでは非合法生産も生産の境界の内側に含みます。これはひとつには国際比較を重視していることによるものと思います。

もうひとつの重要な理由は、地上(!)経済の捕捉においても地下経済を分離して無視することはできないことです。非合法生産によって生じた所得がまったく合法的に処分される(たとえば自動車を購入など)こともあります。また逆に、非合法な財貨・サービスに対する支出がまったく合法的に取得された所得や資金からおこなわれることもあります。地下経済も必ずどこかで地上経済と結びついているのでしょう。1)合法的な経済活動のみが捕捉されている場合、それは一国経済の三面等価性から見て体系において統計上の不突合を生じます。先進諸国の多くの経済統計部局でも、地下経済の規模がかなりさかんに議論されるのは地上経済の捕捉におけるバイアスの除去という理由も大きいのです。

日本の地下経済の規模は門倉[2000]による積算法では1997年には名目GDPの1.9-3.4%(バブル経済期のピークでは2.6-4.7%ほど)と推計されています2)。現在でも2%ほどあるとするとおよそ10兆円。それは93SNAによって資本化された3つのソフトウェアの総固定資本形成と同じくらいの規模ですので大きなものです。ABS(オーストラリア経済統計局)[2003]によるとオーストラリアでは、地下経済によって発生した所得が明示的に国民経済計算において扱われています。3)それは2000-2001年においてGDPの1.3%ほどの規模です。ABSはいくつかの代替的な推計法によっても、オーストラリアの地下経済の規模は2.0%を上回らないであろうことに自信を持っているようです。

もし地下経済が地上経済とかなりの程度相関しているものとすれば、幸いにしてGDP成長率ではバイアスは少ないかもしれません。またその規模は日本のように近年では縮小に向かっているかもしれません。ですが、経済の構造変化をより的確に捕捉すべく、GDPの測定精度をより高めるために、地下経済は無視できない存在です。

1) 問(1)の答えはNoといいましたが、そういう意味では、一国経済の最終支出側から捉えたGDPを基準とすれば、明示的に扱わなくても地下経済の一部はすでに含まれているということもできます。

2) 門倉貴史「地下経済の規模に関する実証分析」、JCER(日本経済研究センター) Review Vol.27、2000年。

3) ABS, The Underground Economy and Australia's GDP, Australian Economic Indicators, 2003.

野村浩二(慶應義塾大学産業研究所)



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