経済統計Tips−日本のGDPは過小?−自社開発ソフトウェアの資本化−

December 20, 2004

国民経済計算の世界標準は、1993年に国連によって勧告されたSNAです。日本も国民経済計算では米国にのみ追随せずに、国連の勧告にしたがっています。1993年SNAによって無形固定資産として扱われるようになったソフトウェアのうち、現行(2004年現在)の日本の国民経済計算では受注ソフトウェア(custom software)のみを総固定資本形成として扱っています。ソフトウェアは受注ソフトウェアに加え、自社開発ソフトウェア(own-account software)とソフトウェアプロダクト(prepackaged software)からなります。この二つを資本としてみない(資本化していない=uncapitalizedと言います)ことは、GDPの国際比較において、大きな問題となります。

資本化していないソフトウェアは、現状として中間消費されるように扱われています。1年を会計期間としてみれば、それは来年の生産過程に使われないことを意味します。もしそれが耐用的であり、来期以降の生産にも寄与すると見るのであれば、その支出は中間消費されるのではなく最終需要(総固定資本形成)として計上されることが要請されます。このとき付加価値側でみれば、ソフトウェアの固定資本減耗が計上され、総固定資本形成との差分は営業余剰の増加として認識されることになります。 このような資本的性質をもつと考えられる財・サービスはいろいろとありますし、93SNAによってもそのすべてが資本化されることを求められてもいません。それらは経済の異なる”見方”によるもので、国民経済計算ではそれは計上の相違をもたらすことになると言えるでしょう。そういう意味で、現行のGDPが過小であるということではありません。ただそれを”見方”の相違として、無視することもできません。諸外国がそれを資本化している現在では、国際比較をおこなうために大きな問題として表面化しています。

なぜ、日本では自社開発ソフトウェアを資本化していないのでしょう。その直接的なひとつの理由は産業連関表(基本表)においてそうであることによると思われます。2000年表ではソフトウェアプロダクトを資本化しましたが、自社開発ソフトウェアについては引き続き見送られました。またその理由として、測定上の困難性をあげる人もいると思います。自社開発ソフトウェア自体は市場で取引されませんので、直接的に観察することができないのです。そこで間接的にその生産のために要したコストから帰属計算(imputation)することになります。現在の国民経済計算でも多くの帰属計算が含まれています。ただしその代表的な帰属家賃では、家計の持ち家を補足することができますし、それと類似する住宅の家賃(市場価格)によってその費用を推し量ることが相対的に容易であると言えるでしょう。自社開発ソフトウェアは類似したソフトウェアの市場価格も観察することが困難です。もし市場に類似商品が存在するのであれば、企業はインハウスでの開発はしないでしょう。そのことから、自社開発ソフトウェアの帰属計算は、費用要素からの積算によって測定されます。それは測定困難な対象に違いありませんが、それによって資本化しないことの根拠にはなりません。その困難性は日本のみの問題ではなく、諸外国に共通して存在しています。そして諸外国でも概念上の混乱を修正しながら、測定のためのより良いデータを模索しながら、より理論的に望ましい計数へと接近する努力が継続されています。

日本で測定されればその規模はどの程度であるのか、最後にわれわれの測定値を紹介します。1) 2000年において、一国全体の自社開発ソフトウェアの総固定資本形成は3.1兆円と測定されています。それは日本のGDP水準(現行のGDP+自社開発ソフトウェア+ソフトウェアプロダクト)の0.60%を占めます。1980年では対GDPで0.20%、1990年では0.45%ですので、そのGDPに対する規模は時系列的に拡大しています。また2000年の米国でのNIPAでは、自社開発ソフトウェアはGDPの0.73%を占めていますので、GDP比でみたときに日本の自社開発ソフトウェアは米国よりもやや小さいレベルにあります。

2000年において、日本では受注ソフトウェアが6.7兆円、ソフトウェアプロダクトは0.6兆円(2000年基本表)ですので、ソフトウェアの総固定資本形成の総額にして10.5兆円ほどになります。対GDP比では2.03%です。同年に米国では2.07%ですので、ソフトウェア全体では両国のGDPに対してほぼ同じような規模のソフトウェアが資本化されることになります。もちろんここでの数字はいくつかの仮定に基づいていますが、ESRI(内閣府経済社会研究所)による日本の国民経済計算として自社開発ソフトウェアとソフトウェアプロダクトが数年以内に資本化されることになることは間違いないでしょう。

1) 測定は基本的に、産業別性別プログラマー・システムエンジニアの雇用者数に基づいています。測定における概念や方法論には煩雑な部分が多くありますので、Koji Nomura, Capitalizing Own-Account Software in Japan, Program on Technology and Economic Policy (PTEP), John F.Kennedy School of Government, Harvard University, p.35, December 2004.を参照ください。

野村浩二(慶應義塾大学産業研究所)



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